対象疾患

脳腫瘍

脳腫瘍が1年間に新たに発生する割合は人口10万人に対して10~12人程度と推定されており、決して頻度が高い疾患ではありません。それ故に診断、治療にはより専門的な知識と特別な設備が必要となります。九州大学病院では、最先端の機器を駆使し、脳腫瘍を専門とする脳神経外科医が、放射線科、神経病理の各専門医と協力し、最善の結果を目指して日夜脳腫瘍の治療に取り組んでおります。

良性脳腫瘍

代表的なものとしては脳を包む膜から発生する髄膜腫や脳神経から発生する神経鞘腫があります。このような腫瘍は発生した部位で周囲を圧迫するように成長し、圧排された脳は部位により様々な症状を呈します。その圧迫を解除するためには、手術により腫瘍を取り除く必要があり、また手術のみによって治癒を目指せることが多い疾患です。

悪性脳腫瘍

悪性脳腫瘍は、周囲の組織にしみこむように拡がったり、別の場所に飛んでいく性質を持ちます。神経膠腫や胚細胞腫瘍、また、脳以外の悪性腫瘍が血液に乗って飛んできた転移性脳腫瘍などが挙げられますが、手術のみならず、化学療法や放射線照射といった集学的治療が必要となります。

脳腫瘍の検査

まずどのような腫瘍であることが予想され、どのような治療が必要なのか判断する必要があります。血液・髄液の腫瘍マーカーやCT,MRI,PET-CTなど最新の設備を用いて治療前に診断の予想を立て、治療計画を立てます。画像診断に関しては、神経疾患を専門とする放射線科医と週3回の合同カンファレンスで所見を検討しております。

脳腫瘍の診断

脳手術で採取した腫瘍細胞を顕微鏡で見て病理学の専門家が確定診断を下します。しかし最新の診断基準では神経膠腫などの疾患において、病理検査のみならず、腫瘍細胞の遺伝子検査を行うことが必須となっております。遺伝子検査には特殊な技術が必要であり、どの病院でも行うことができるものではありません。当院では先進医療により必要な遺伝子検査を行うことができ、最新の基準に基づいた診断が可能です。

脳腫瘍の手術

基本的に脳腫瘍は、手術により安全な範囲で最大限の摘出を行うことが大事です。しかし脳という繊細で複雑な機能を有する組織を扱うため、手術には細心の注意が必要となります。我々は安全に手術を行うために様々な工夫を行なっております。

最新の機器

手術用顕微鏡、神経内視鏡、そして近年急速に適応の場を広げている外視鏡を用いることにより1mmにも満たない脳の血管や脳神経を扱うことができます。また高精度なNavigation systemを用いて術中の正確な操作部位をリアルタイムに把握することが可能です。

術中モニタリング

脳や末梢神経にごく微量の電流を流し、その反応を見ることで脳/神経機能を評価します。この技術により手術中に患者様は麻酔がかかった状態でも運動や感覚、視機能や聴力が保たれているか確認することができます。

術中運動誘発電位モニタリング
術前腫瘍栄養血管塞栓

血管が豊富な腫瘍に関しては、術前にカテーテルで血管の塞栓を行い、出血のリスクを減らす治療を行います。

塞栓術前
塞栓術後
覚醒下手術

言語機能などの脳機能領域に近い腫瘍に対しては、術中に患者さんの目が覚めた状態で機能が保たれていることを確認しながら腫瘍を摘出する覚醒下手術を行うことが可能です。

覚醒下手術の様子1
覚醒下手術の様子2
より低侵襲な手術を目指して

頭蓋骨を開く通常の開頭手術というものは患者様に大きな負担がかかります。我々はより負担が軽くなるようにより小さな開頭で行う手術や、頭を切らない経鼻的な手術に積極的に取り組んでおります。

脳腫瘍の放射線療法

腫瘍の種類により、放射線治療の効果・役割は大きく異なり、手術や化学療法と組み合わせて行ったり、場合によっては放射線治療単独で行います。九州大学病院にはTruebeam STx with Novalis radiosurgery systemという最新の治療機器がありますので、定位放射線治療や強度変調放射線治療などのより安全で高精度な放射線治療も可能です。

脳腫瘍の化学療法

化学療法で⽤いられる抗がん剤は多数あり、これらを単独あるいは複数組み合わせて治療を⾏っています。我々は遺伝⼦解析を⾏うことで、腫瘍の薬剤への感受性などを総合的に検討し、個々の患者様に最適な薬剤を選択しています。

がんゲノム医療

がんゲノム医療は採取したがんの遺伝⼦を調べ、遺伝⼦の変化に応じた治療薬を探す試みです。
九州⼤学はがんゲノム医療中核拠点病院(全国11か所)に選定されており、がんゲノム医療に積極的に取り組んでいます。がんゲノムの検査をおこなうことにより、初めて使用可能な薬があったり、脳腫瘍に適応がない薬剤に関しても、がんゲノム検査で有効である可能性が示唆された場合には、投薬が可能になる場合があります。

新たな治療

Novo TTF(交流電場脳腫瘍治療システム)

腫瘍治療電場を発生させる装置を頭に装着することにより腫瘍細胞の分裂を阻害し、腫瘍細胞を死滅させます。既存の化学療法や放射線療法とは全く異なる新しい治療法で、神経膠芽腫に適応となります。

脳腫瘍治療電場療法 PDF

※説明文書、動画に関しましてはノボキュアより提供を受けています。

間脳下垂体腫瘍

脳下垂体とは

下垂体は前葉と後葉に分けられ、前葉からは成長ホルモン、プロラクチン、副腎皮質刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性線刺激ホルモン、後葉から抗利尿ホルモン、オキシトシンが分泌されており、これらは生命の維持に重要な役割を果たしています。間脳下垂体部には様々な疾患が発生し、代表的なものとして下垂体腺腫頭蓋咽頭腫ラトケ嚢胞などが挙げられます。治療に際しては、①脳の底部に存在するため頭を開ける開頭手術でなく鼻から内視鏡を挿入して行う経鼻内視鏡手術が行われる、②術中の神経や血管の温存のみならず術後のホルモン機能を考慮した治療が求められる、といった点で脳腫瘍の中でも特殊な領域といえます。当院では安全で質の高い治療を提供することを目指し、脳神経外科の専門医資格に加えて日本神経内視鏡学会の技術認定医および日本内分泌学会の専門医資格を有する医師により治療にあたっています。

下垂体腺腫

下垂体腺腫は脳腫瘍の中では3番目に多い腫瘍で、この領域での代表的な疾患です。ほとんどの場合は良性腫瘍で、ホルモンを分泌しない非機能性下垂体腺腫と分泌する機能性下垂体腺腫に大別されます。

非機能性下垂体腺腫は脳ドックなどで偶然みつかることも多く、小さな腫瘍では経過観察を行います。腫瘍が大きくなると下垂体ホルモンの障害や視神経を圧迫することによる視力視野の障害が出現することがあります。手術は多くの場合で視神経の圧迫を解除することを目標とします。腫瘍をたくさん摘出するほど再発リスクは低くなりますが、無理な摘出は重要血管の損傷やホルモン機能障害、髄液漏といった合併症を引き起こすリスクが高くなるため、患者様の年齢や病状を考慮し、ご本人の希望も踏まえて個々に合わせたテーラーメード治療を提供しています。

非機能性下垂体腺種の手術例

手術前
手術後

機能性下垂体腺腫のうち、プロラクチンを産生する腫瘍では薬物治療のみで腫瘍縮小やホルモンの正常化が期待できますが、その他のホルモンを産生する腫瘍では手術が第一選択となります。非機能性の場合よりも積極的に腫瘍を摘出してホルモンの正常化を目指すことが原則ですが、手術リスクに加えて薬の効きやすさなどを考慮してより慎重な戦略をたてます。

成長ホルモン産生腫瘍の例

当院の外科治療の特徴

耳鼻咽喉科との合同手術

下垂体腺腫の外科治療は顕微鏡を用いた手術が従来行われていましたが、近年は鼻から挿入する内視鏡を用いた手術(経鼻内視鏡手術)が主流となっています。当院では早くから経鼻内視鏡手術を取り入れており、豊富な症例経験の土台に最新型の4K神経内視鏡やナビゲーションシステムを導入して高い腫瘍摘出率を達成しています。
また、当院の大きな特色として、経鼻内視鏡手術の際には耳鼻咽喉科と合同で手術を行っています。手術開始時と終了前の鼻腔・副鼻腔内の操作を専門家が行うことで、術後の速やかな鼻腔内の創傷治癒と鼻機能(嗅覚や呼吸時の感覚)の温存に努めています。

内分泌内科医による下垂体機能のケア

下垂体からのホルモンの分泌は複雑に調整されており、その補充には高度な専門知識が要求されます。当院では脳神経外科と内分泌内科からなる間脳下垂体専門外来で、手術を受ける全ての患者様に対して初診時から、術前後、退院後の外来に至るまで内分泌内科医による専門的な下垂体機能のケアを行う体制をとっています。下垂体腫瘍はその多くが良性腫瘍であり、直ちに命を脅かすことはほとんどありませんが、だからこそ長期にわたってホルモン障害に伴う様々な症状に悩まされる可能性があることを念頭において治療にあたる必要があります。こうした症状には疲れやすさ、やる気・集中力の低下、気分の落ち込み、性欲の低下などといった周囲には気づかれにくいものも多く、中にはご本人も原因不明の不調と片付けてしまっているケースもあります。そのため当院では上記のような評価体制に加えて定期的に自己記入方式のアンケート調査を実施することで検査では拾いきれないような症状を把握し、治療につなげるように努めています。